昇給しない会社で頑張らないといけないのか?

昇給しない会社で頑張らないといけないのか?
しょんぼりねこ

昇給しない会社で頑張らないといけないのでしょうか・・・

税金ばかり増え、昇給がほとんどない世の中、給料は上がるところが手取りは減る一方です。
少子高齢化で給料が上がりそうな明るいニュースがほとんど皆無です。

私の職業である理学療法士という職業も医療保険や介護保険の点数で給料が決まってしまうため、現状では給料が変わることはまずありません。

まさに昇給しない会社に勤めています。

詳しくは下記の記事を参考にしてください。
結論だけ述べれば
のんねこ

昇給がない会社ではどれだけ頑張っても、給料は上がらないので、
頑張っても無駄です。

私も頑張っていた時期がありましたが、あっさり首を切られました。会社なんて頑張っても所詮そんなもんです。

仕事でできるかできないかよりも、いかに上司に取り入れるかで職場の立ち位置も変わってしまいます。(それでも給料は変わりませんが)

ここでは、仕事での頑張りを含め、そもそも頑張ることに意味はあるのか?という観点でお話ししていきます。
目次

昇給しない会社で頑張ることに意味はあるのか?

先ほど紹介しましたが、私は理学療法士という医療職をしています。
医療職というのは、一生勉強しないといけない職業でもあります。

ある意味、頑張りが強要されている職種ですが、昇給はまったくありません。

理由は、先ほどお話しした通り医療保険や介護保険の点数で私たちの給料が決められているからです。
ベテランの理学療法士がリハビリしても、新米の理学療法士がリハビリしても介護保険の点数は変わりません。

新米の理学療法士でも資格さえ持っていれば国からもらえる金額は一定なので給料に差をつけにくいのです。

それでも新人の頃は、患者さんに貢献したいと思いと周りに認められたいという思いで必死で勉強しました。
朝5時に起きて仕事行くまで勉強。帰った後も、2時間勉強。

休みの日も体力が続く限り勉強していました。

確かに勉強しただけ患者さんは良くなります。しかし、私たちにも生活があります。
患者さんのためという綺麗ごとだけでは、食ってはいけません。

おまけに2年間必死になって勉強してきましたが、特に周りに認められるということもなく、むしろ上司からは自分のリハビリとは違う手法でやっていたので、嫌がられていました。

昔の手法にこだわり、それが絶対だと思っていたので、教えてる以上立場がなかったのだと思います。

頑張っているのに嫌われるという、悪循環。最後は会社からも認められず、上司との軋轢のため、解雇に近い形で退職しました。

努力していれば必ず報われるのは、漫画やアニメだけの話です。

子供たちに夢を見せ、誰もが努力さえすれば夢を叶えられる幻想を抱かせます。
そしてできなければ、努力が足りないからと糾弾します。

自分のことを守ってくれない会社で頑張ってどうするのでしょうか。
結局は、すべては自己責任で簡単に解雇されます。会社の自己都合でしかないのです。

私たちは生まれた時からすべて決まってしまう「無理ゲーな社会」で生きています。
現代の物差しで自分を測ると、劣等感しか生まれません。
※「無理ゲー社会」については下記の本を参考にしてください。
しかし、考え方1つで今の世の中に適応していくことができます。

頑張るという選択肢は捨てましょう。

以下は私が頑張ってきたけれど、結局は報われなかった事例についての紹介です。

頑張ったけれど、報われなかった10年間

医学部再受験

私は20代後半で医学部差受験を志しました。
しかし、見事撃沈しました。

フリーターだったので、焦っていたこともあり、ひたすら勉強頑張りました。

歩くときもお風呂に入っている時も寝る時間(7時間睡眠)以外は、すべて勉強の時間にあてました。
頑張って勉強した期間は3年です。

頑張っても頑張っても、成績は上がらず、2022年の1月15日に東大事件がありましたが、気持ちがよく分かります。

本当にどれだけ効率化させ頑張っても、成績は上がらないですよ。努力かどうとかの問題ではありません。
もしここで、「努力が足りない」とか言われていたら心が完全に壊れていたかもしれません。

結局は遺伝的な才能があることを最近知りました。
このことを知っていたらもう少し早く諦めることができたと思います。

詳しくは下記の記事を参考にしてください。
医学部再受験のお話は以下の記事に詳しく解説しています。

大学生活

医学部再受験が失敗に終わった私は、ランクを下げて理学療法士になるべく某大学に進学しました。
もう少し早く見切りをつけ、ランクを落としていれば1年早く進学できていたと思います。

学校の勉強

大学生活中は、医療系の大学は普通の大学と違って常に1限から5限まであり、授業が終わるのが17時50分でした。
終わった後は、周りの若い子に追いつくために帰った後も復習のため勉強。

これだけ頑張っても、再試になることが多かったです。当然ですよね。歳はもう33歳です。

4年次は授業、就活、卒論、国試と忙しい毎日でした。

特に国試は事典みたいな厚さの過去問をひたすら解く必要があり、朝から晩までひたすら勉強していました。

ほとんど勉強していない同級生が普通の私以上の点数をたたきだし、若さや才能の差を呪いました。

読書三昧

在学中は、少しでも教養人なろうと読書も頑張りました。
大して面白くない本でも古典だからという理由で読んでいました。

やたら教養人に古典は読め!という人が多いですが、私はそう思いません。

一番に古典は本当につまらないです。

嫌々読んでいるので記憶にもまったく残りません。

二番目に今の世の中では役に立たないことが圧倒的に多いです。

古典を読んで頑固おやじで生きてきましたが、むしろ他者と軋轢を生むことが多く、なんで読んでいたのかさっぱり分かりません。
ただ「古典を読んでいる自分がかっこいい」と思っていただけだと思います。

ITの勉強

私はテクノロジー系が大好きです。
当時は人工知能にハマっていました。

人工知能の本を読むのは楽しかったのですが、人工知能のプログラミングはそんなに楽しくない。
けれど、当時は「将来はリハビリ×テクノロジーで活躍したい!」と何の構想もなく、勉強していました。

今となっては完全ムダな勉強でした。

最近、両学長の動画をみて何がだめだったのか納得しました。
要するに、私は人工知能のプログラミング学習に投資していたのではなく、浪費していたのです。

投資というのは、『お金が戻ってくるリターンの構想ができているもの』を指し、私にはこれがなく、漠然とやっていたのがすべての原因でした。

頑張ってきたのは何だったのだろう?と考える今現在

ただ勉強だけに費やした10年間。
いつかしあわせな時間がやってくると思って、ひたすら耐えた10年間。

10年間ただ苦しいだけの毎日でした。
結局、頑張っても自分が思うような人生は巡ってきません。

することはただ1つ。考え方を変えることです。

自分にとって幸せとは何だろう?

私は今の自分にとって、幸せとは何だろうと考えました。

結論としては、
  1. 毎日が穏やかで安心した生活であること
  2. のんびりゆったりと仕事をすること(定時上がり、休日多めの職場)
  3. 好きな時に好きなことをすること
  4. 無理をしない範囲で少し頑張ること
  5. お金を稼げる副業に力を注ぐこと
よく考えたら、しあわせになるために何の努力も必要ありませんでした。

今頑張りすぎている人は、自分にとって幸せとは何かをしっかり考えた方がいいです。

今はとても幸せです

幸せになる方法は考え方を変えるだけで良かったのです。

職場は、理学療法士では給料は上がらないと分かったので、定時で帰ることができ、休日が多く、過ごしやすい職場を選びました。

給料は多くないですが、自由な時間が多いので満足しています。
給料が安い分は、ランニングコストを抑えて、なるべくお金のかからないことで夢中になれるものを探しました。

今はブログというお金も稼げて夢中になれる趣味があります。
副業はとても素晴らしいです。やればやっただけ、スキルもお金も増えます。

頑張っても昇給しない私と同じような会社にいる方は、副業を頑張ってみてもいいのではないでしょうか?
頑張ってみたい方は下記の記事を参考にしてみてください。
お金はないけれど、たまに美味しいデザートを食べたり、大好きなラーメンを食べたり、少し旅にでたりとそれぐらいが一番幸せに感じています。

そのことは考えるOLさんの『がんばらないことをがんばるって決めた。』に教えてもらいました。
人生をうまく生きるコツは、自分が好きな時間を増やして、嫌な時間を減らすこと。

いつか来る幸せでは、幸せな時間は訪れません。

今すぐ考え方を変えて、自分の幸せとは何かを考えましょう。

この記事のタイトルの解答は、
『仕事は頑張らなくていい。お金がなくても、自分が好きなことで人生を費やせるように人生を工夫しましょう。』です。

まとめ

私はお金がなくても自分が好きなことで生きていく生き方として、『ひっそり暮らす』のがいいのではないかと思っています。
世間では「繋がり」を求める風潮ですが、私は無理に人間関係を求めない方がお互いの距離感で快適に過ごせると思っています。

「孤独死」という言葉が世間では浸透してきたため、一人の独居生活が如何にも悪者扱いにされています。
しかし、私は老人保健施設に勤めているためしっかりと現実を知っています。

現在では、介護が必要となれば、家族には厄介扱いされ、介護施設に預けられるのが当たり前です。
そこには家族が最後まで世話してくれるなんて綺麗な世界はどこにもありません。

最終的に介護施設に行くことが分かっているならば、一人でひっそり暮らしていってもいいのではないでしょうか。
「ひっそりな暮らし」については下記の記事を参考にしてください。
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