生き方が分からない40代が上手く生きていく生き方

生き方が分からない40代が上手く生きていく生き方
40代にもなると人生折り返し地点と言われる年代であり、仕事にも慣れ、頑張る時期も終わり、あとは終活へと足を踏み出す時期でもあります。

何のために生きているのか、目的もなく、ただ漠然と生きている人がほとんどでしょう。

以前に、『20代で生きがいがないのは当たり前?人生のムダを楽しもう!』という記事を書きましたが、20代だけでなく、すべての年代で生きがいというものを求めてしまうようです。
私は20代は特に何も生きがいもなく生きてきて、20代後半で「医学部に受かる!」という生きがいを見つけました。

しかし、医学部に受かるという夢は叶わず、結局は理学療法士というまったく頭の片隅にもなかった医療職につくことになりました。

結局、努力していれば夢が叶うのは漫画の中の話なだけで、ほとんどの人達はなんとなく生きていくしかないのです。
生きてさえいれば人生の経験を積み、自分の生き方が見つかると思っていましたがそうゆうわけでもないようです。

40代で生き方が分からないのならば、人生とは何かが分かってきている80代90代の人達はどうなのでしょうか。

ここでは88歳で現役のドクターだった奥田先生の『心に折り合いをつけてうまいことやる習慣』を参考にしながら、
40代の生き方について考えていきたいと思います。
目次

生き方が分からない40 代が上手く生きていく方法

お金のために働く

お金のために働く人達の写真
「どうして働くのか?」と聞かれれば、「働くのは自分が食べていくお金を稼ぐため」と答えます。

若いことは生きがいや自己実現など、自分が好きなことで食べていけたらと思っていました。

しかし、人生そう甘くありません。

好きなことでマネタイズする方法はほとんどYoutubeでしょうが、Youtubeで暮らしていけるのはほんの一握りです。

マネタイズできたとしても、わざわざ動画を撮り、編集をしてという作業をしていると、あまりにめんどくさくて、好きなこと自体嫌いになってしまいそうです。

そう考えれば、働くことは生きていくためと割り切り、休日が多く、残業がない職場で趣味活動に専念した方が有意義ではないでしょうか。

「生きがい」とか「己の成長」なんていうのは、自分をちゃんと食べさせられるようになったあとに、余裕があったらボチボチゆっくり考えていけばええと思います。

心に折り合いをつけて、うまいことやる習慣
定職につき、収入があれば心の安定に繋がります。私は無職期間が長かったので、職があるということがどれだけ有難いかよくわかっています。

たとえ、自分の希望通りの職についたとしても、大きな期待や思い入れを持ちすぎていると、失望したりイラつく原因になってしまいます。

必ずしも自分の理想の職が、自分の思い通りの結果になるとは限りません。

仕事をしているとずっと続けることに嫌気がさしてしまうかもしれませんが、「やらないよりは、やるほうがマシかな?」ぐらいのモチベーションぐらいで大丈夫です。

たとえ好きなことを仕事にしていても、旅行や遊びと同じで毎日やっているとだんだん飽きてきます。

刺激というのはすぐ慣れてしまうものです。

働くのは生活をするためのお金を稼ぐためと割り切りましょう。

うまくお金を使えるようになればガツガツ働く必要もなくなります。

「幸せでなければいけない」と思わない方が幸せである

カフェでスマホを使う女性の写真
たいていの場合、幸せかどうかは「他人と比べて自分は幸せかどうか」で判断する人が多いのではないでしょうか?

何をするにしても判断基準が「他人がそうしているから、自分もそうしなければならない」と思うと必ずしんどくなってきます。

他人と比べて、自分の人生が充実していないと人はどうしても頑張ろうとしてしまいます。

しかし、頑張った先にあるのは夢が叶うということではなく、むしろ自分の能力の限界を知ることになります。

映画やアニメの主人公は頑張ることで最後に勝利をつかみ取ります。

だから、現実世界では中々「諦める」という選択肢ができません。

『諦める=自分は弱い』と勝手に脳内変換してしまっています。

「あきらめる」というのは、もともとは「物事を明らかにする」というのが語源だそうです。

つまりは、あきらめるというのは、自分の生き方をはっきりさせることなのではないでしょうか。

私は頑張って医学部再受験に挑戦しましたが、夢が叶わず、結局は諦めることで理学療法士という別の医療職につくことができました。

自分がなりたかったものでも、好きなことでもありませんが、そこそこ自分に合っていると思っています。

医学部再受験を諦めることで理学療法士という自分の生き方をはっきりさせることができました。

諦められずに苦しんでいることがあったら、一度諦めるという選択肢も考えてみてください。

他人は簡単には変わらない。自分がどうしたら快適に過ごせるかを考える。

ミスをして上司に怒られる会社員の男女の写真
人が集まれば必ず不平不満が生まれます。

自分が最高だと思って入った職場でも、時間が経つつれて嫌なところがみえてきます。

ここで、問題となるのが人間関係ですが、人はどれだけ注意しようが指導しようが根本的なところは変わりません。

他人を変えて職場を快適にしようとしても、完全にムダに終わります。

結局は、どこに行っても一緒で100%満足できる環境なんてないんです。

そうなると、結局できることは「今いる場所で、どうしたら自分が快適に過ごせるのか」を考えることです。

私は嫌なことがあっても、人に文句言ったりしません。なぜなら、言っても無駄になるばかりか、関係性も悪くなるだけで何もいいことがないからです。

「この人はこうゆうもんなんだ」と半ば諦めて接しています。

合わない人やイやな人には意識をできるだけ向けないで、楽しい人、ウマの合う人に意識と時間をできるだけ向けていると、どんな場所でもそれなりに長く居続けられるようになるものです。

心に折り合いをつけて、うまいことやる習慣
気が合う人とは距離感を近くして、気が合わない人とは距離感を遠くして接していきましょう。

情は、執着の証。

泣く友達を慰める女性の写真
人間関係で悩む人は多いですが、忘れてはいけないことは、「どこまで行ったって、人は一人」ということです。

漫画などでは友情が強い絆で書かれていますが、あれは人の願望であって、仲のいい人が常に自分を助けてくれるのは思ってはいけません。

そもそも、人間関係は「水物」

ほんのちょっとしたことでひっついたり離れたりするもんです。人間は己の利のあるほうへすぐ流れるし、時間や距離が離れて会わなくなると、縁もどんどん薄くなる。それが人間関係というものです。

心に折り合いをつけて、うまいことやる習慣
常に一緒にいて絆が強い時期があったとしても、離れている時間が長ければ長いほど、絆は弱くなっていきます。

血を分けた親子でも、兄弟でも同じです。自分のことをいつも気にかけてくれることはありません。

情がないと思われるかもしれませんが、それは当然のことなのです。

そもそも、情というのは、一見よいものにみえますが、それは見方を変えると他人への執着であって、互いが互いを縛り合うだけになります。

人は人であり、親子であっても友達であっても別々の人生を生きていることを忘れてはいけません。

自分は結局は一人ということが分れば、他人に対して必要以上に執着しなくなります。

人に必要以上に期待しない

部下に過度に期待する上司の写真
人が助けてくれるのが当たり前と思っていると生きているのがしんどくなります。

なぜなら、人は「~してほしい」「~してくれ」と言われることは嫌なもんなんです。

特に「やってあたりまえだろ」と思っていると余計に人間関係が悪くなります。

職場でも家庭でも、「人がくれるものだけ、ありがたくもらっておく」って姿勢を基本にしていると、人間関係で大きなトラブルが起きた記憶はありません。

心に折り合いをつけて、うまいことやる習慣
他人には過度に期待せずに、接した方がいいです。

私は余程困らない限りは何でも一人でやるようにしています。

自分の仕事を他人に頼れば頼るほど自分の成長を阻害されます。

もちろん、人に助けてもらわなければできないこともありますが、自分である程度は考えてやってみたあとにしましょう。

自分一人でできるようにしていかないと、他人に頼るのが当たり前となり、助けてもらえないと不平不満を言うようになります。

他人に不満を持たないようにするには、繰り返しになりますが「この人なら」とか「この職場なら」とか、そんなことは自分の甘えだと思って、最初から期待しないことです。

小さな親切を繰り返す

気遣ってくれる同僚たちの写真
自分が気持ちよく働く、人に気持ちよく働いてもらうには、「頼まれやすい人になる」ということが大切です。

何でも引き受けるわけではなく、自分のできる範囲で「いいですよ~」ときもちよくやってあげる、できないことは「ごめんね。」と丁寧に断る。

こういった小さな親切が良い職場環境、人間関係を作ります。

「それは私の仕事じゃない!」と断りたくなる気持ちもないわけではありませんが、時間が許す限りで気軽にやってあげるのではいいのでしょうか。

こういった小さな親切は周りに回って自分に返ってきます。

私はパソコンに強いので、よく聞かれることが多いですが、時間が許す限りは「いいですよ~」と引き受けています。

職場でめんどくさいと言われている人でも、普段から小さな親切を繰り返すと自分への態度が良くなり、自分が気持ちよく働くことができます。

余程の人でない限り、恩がある人に嫌なこと言ったりはしません。

どんな人でも持ちつ持たれつの関係だということを忘れないで、頼まれやすい人になると、人間関係のトラブルはそれだけ減ってくると思います。

うまくいかないことが続くときは、立ち止まらまず適当に頑張る。

仕事を適当に頑張る女性の写真
生きてきれば、うまくいかないことなんていくらでも出てきます。

そんなときに無理して頑張ってしまうかもしれませんが、必要なのは「うまくいかないから頑張ろう」ではなく、「うまくいかないけれど、ぼちぼちやるか〜」くらいの気概です。

ここで無理をすると、続けることすら難しくなり立ち止まってしまうため、結果的に6割ぐらいの力でやるよりも圧倒的に結果が悪くなります。

私は医学部再受験を志しましたが、結果的に無理をしすぎて全く勉強ができなくなってしまいました。

教科書を開くのも嫌になりましたが、焦りだけがあって机には座っていましたが、何もできない日が何日も続きました。

理学療法士の国試の時は無理をしても続かないと分かっていたので、これ以上無理だと思った時は、さっさとやめて遊んでいました。

結果的に国試が終わるまで6割の力で試験勉強を続けることができました。

全力で頑張った人が結果を出せるわけではなく、長く続けた方が結果を出せるのです。そこを間違えてはいけません。

仕事でも同じことが言えます。完璧を目指して挫折するよりも、不細工な形でも続けていくことのほうが大事なのではないでしょうか。

他人には他人の人生、自分には自分の人生があることを徹底的に線引きしていく

別々の人生を歩むイメージ
他人に必要以上構う人がいますが、他人にどれだけ構っても依存心が生まれるだけでろくな結果になりません。

他人には他人の人生があり、自分には自分の人生があるのです。

己の人生、己に責任を持つことが、自分らしく生きるためには必須です。己に責任を持たず、他人に依存してしまえば、他人の言動で一喜一憂してしまいます。

人間関係の秘訣は、「距離感」に尽きる。踏み越えてはいけない一線は、決して超えずに保ち続けること。

心に折り合いをつけて、うまいことやる習慣
一線を越えてしまうと、良いところだけでなくどうしても悪いところに接する機会が生まれてしまいます。人に何かを求めすぎてしまうと、自分の望むモノを与えられなかった時に、怒りや失望を抱くようになるでしょう。

常に距離感を保つからこそ、人に過剰な期待も思い入れもしなくてすみますし、人を過剰に警戒する必要もありません。

距離感を保つことで、お互いに気持ちのいい関係を気付くことができます。

他人は必要以上に自分にかまってほしいと思う生き物でもありますが、時にはかまってほしくないと思う我儘な生き物です。

そんな他人に振り回されていれば、ただ疲れるだけです。

40代で生き方が分からない人は、心に折り合いをつける

40代になれば、仕事ができる能力よりも周りと折り合いをつけて、問題なく人間関係を作れる人の方が重要視されます。

40代で他者と揉める人は過度に他人にかまいすぎているか、自分の考えだけを押し通そうとしているかどちらかです。

ネット社会になり、人それぞれが多様的な価値観を持っていることを知ることができるようになりました。

Youtubeを見ていると、本当に様々な人がいます。

多様性のある社会を認め、自分の考えに固執しないことが大切です。

新しい考えを取り入れ、環境に適応し、自分にとって生きやすいようにしましょう。

私は何かを求める生き方よりも穏やかに安定した暮らしのほうがよっぽど大切です。

といっても、40代であっても枯れずにはつらつと生きたいものです。
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