ひっそり暮らしたい。欲しいのは穏やかな暮らし。

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ソファでくつろぐ若い女性
私は、騒がしいのが苦手でいつも静かな場所を好む。
大人数で話すのは好きではないし、友達と会うのも1v1を好む。

人前でにぎやかに過ごすより、静かな空間でゆっくり考えたり、少人数で落ち着いて話すほうが心地いい。
にぎやかな場所に行くと大抵、あとでどっと疲れてしまって、大体後悔する。

といっても、「人が苦手」というわけではなくて、大人数だと飛び交う情報量が多すぎるとの、気を遣うわなければいけない人が増えすぎて処理しきれなくなるといった方が正しい。

そんなとき私は、ひとりの時間を持つことで心のエネルギーを回復し、また人との関わりの中で少し疲れて、そしてまた静けさに戻る――。そんな循環の中で、自分を保っている。

なので、私のライフスタイルとしては、大家族で騒がしい中で生活するよりも、一人でもいいからひっそりと穏やかに暮らすことを望む。

といっても、ずっと一人でいるとそれはそれで何の刺激もなく、つまらないので普段は静かに暮らしながら、ときどき外に出て人と関わる時間も楽しんでいる。
一人旅が好きなのも、旅先での出会いがうれしいのも、静けさの中にほんの少しの人のぬくもりを感じたいからだと思う。

ひっそり暮らすというのは、世界から隔絶して本当に一人になることではなく、自分の丁度いい塩梅を見つけて、自分の心地よいペースで暮らすということだ。

では、どうすれば「ひっそり暮らす」ことができるのか。どうすれば「穏やかに生きる」ことができるのか。
これから、その小さなヒントを、ゆっくりと心を込めて綴っていきたい。

※この記事は、なちさんの『ひっそり暮らし』を参考にしています。
目次

ひっそり暮らしたいと思うのは、あなたの性格だからどうしようもない

「ひっそり暮らしたい」と感じる人は、きっと私と同じように“内向型”の気質を持っているはず。

けれど、中には「内向型ってどういう意味?」という人もいるかもしれない。

そんなときは、次の図を見ながら自分がどちらのタイプに近いのか、そっと確認してみるといい。
外向型人間内向型人間の特徴
内向型人間だからうまくいくより抜粋
世の中には、外からの刺激をたくさん必要とする人がいる。
人と会ったり、にぎやかな場所へ出かけたり、予定が詰まっていくほどにエネルギーが湧くタイプの人たちだ。
そういう人は「外向型」と呼ばれる。

SNSで楽しそうな写真を次々に投稿している人を見ると、私は「ああ、あの人は外向型なんだな」と感じる。
けれど、外向型が多数派の社会では、どうしても「付き合いが悪い」とか「協調性がない」と見られがちだ。

学校でも職場でも散々そういわれてきた自分にとって「自分がおかしいのか?」と自問自答したが内向型人間が一定数いることを知ってとても安心した。

外向型と内向型の比率は、三人に二人が外向型であるらしく、そうなるとこの社会の“普通”は外向型の価値観でできていると考えることが出来る。
だから、内向型の私にとっては、どうしても少し生きづらい世界になってしまう。

それでも、無理して外向型の基準に合わせるより、自分の心のままで生きるほうがずっと健やかだと思う。
「ひっそりと暮らす」というのは、逃げではなく、むしろ“自分の生き方を守るための知恵”のようなものだ。

にぎやかさに馴染めなくてもいい。
誰かに見せるためではなく、私が本当に心地よいと思える時間を大切にしたい。

静けさの中には、外の喧騒では見つからない豊かさがある。
そこでは、他人の評価がなく、時間の流れもゆるやかになり、自分の好きがはっきりしてくる。

結局のところ、幸せというのは、人の数だけ個別にあり、幸せとはこうゆうものだと決めつけるものではない。
他人の幸せを押し付けられるより嫌なモノはないと本当に思う。

一人でひっそり暮らしたい場合、どうしたらいい?

人と距離を置く

ひっそり暮らすには、まず「人との距離感」をしっかりと見極める必要がある。

といっても、人と距離を置くというのは、世間と隔絶して人間関係すべてと距離を置くという意味ではない。

他人さんには近づけば近づくほど、同じだけストレスも生まれるからね。 家族だけは別物と言う人もいるかもしれんけど、結局は同じことよ。 近づき過ぎないことがコツやないかな。 人付き合いのストレスを減らしたければ、他人さんじゃなく、孤独と仲良くすることや。

不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方
『不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方』の中村恒子先生がおっしゃる通り、
私たち内向型人間がストレスをためる原因の多くは、他人との距離感の見誤りにあると思う。

私たちはつい、誰とでも仲良くしようとしたり、嫌われないように気をつかったりしてしまう。
そうなると自然と関わらなければいけない人の数は増える。

けれど、自分が一緒にいて心地よいと思える人とだけ時間を過ごし、心地悪いと感じる人とは少し距離を置く――そうすれば必然的に関わらなければいけない人間関係が減るのでこれはひっそり暮らしたい人には必須のテクニックだ。

また、心地よいと思える人間関係であってもストレスをためることは十分にあると思うが、そんな時は他人に過度な期待をしてい場合が多い。
「わかってほしい」「変わってほしい」と願いすぎるから、思い通りにいかないと苦しくなる。

人さまに不満を持たないためにはどうするか。 これは、繰り返しになるけれど多くを望まないことです。 「この人なら」とか、「この職場なら」とか、そんなもんは自分の甘えや幻やと思って、最初から期待しないことです。

心に折り合いをつけて うまいことやる習慣
私はきれいごとを言うに人が嫌いだ。はっきり言って、人間はどこまでいっても利己的な生き物だと思う。
だからこそ、最初からその前提で人と付き合ったほうが、余計な期待をせずにすむ。

どうあがいても他人は変えられない。
そんなことにエネルギーを注ぐのは、どう考えても時間の無駄だ。

それよりも、自分にとって心地よい「人との距離感」を見つけることに力を使ったほうがいい。
そのほうが、ひっそりと暮らしていても孤独にならないし、むしろ人との関係が穏やかになる。

ひっそり暮らすというのは、誰とも関わらずに生きることじゃない。
自分にとってちょうどいい距離を保ちながら、人とつながっていく生き方だと思う。

結局のところ、他人を変えるよりも、自分の心の位置を少し変えるほうが、人生はうまくまわる。
そしてその「ほどよい距離感」こそが、静かに生きるためのいちばんの技術なのだ。

一人でも楽しめるようにする

さきほど中村先生の言葉で「人付き合いのストレスを減らしたければ、他人さんじゃなく、孤独と仲良くすることや。」と紹介させていただいたが、「孤独と仲良くする」と聞くと、少し寂しいことのように思えるかもしれない。

けれど、一人で何でも楽しめるようになると、むしろ心の中に強さと自由が生まれる。これは一人旅などを通して私自身が実感していることなのでまじでお勧めしたい。今ではむしろ一人旅の方が自分のペースで自由にできるので楽しくてしょうがないぐらいだ。

一人で楽しめるようになると、他者に依存せず、自分で自分を満足させれるようになるのだ。

誰かと一緒だと楽しいというのを否定するつもりはない。
しかし、仮に友達と一緒に出掛ける約束をしていて、急にドタキャンされた場合、相手のことをさぞかし怒るかもしれないが、私の場合、この前から計画していたあの場所に行ってみようとすぐに気分を変えられる。

それはすべて自分一人でも楽しめる術を知っているからに他ならない。
ということで、ひっそり暮らしのプロフェッショナルになるためには、一人で楽しむスキルを身につけることが大切だ。

もし一人の時間の過ごし方がわからないなら、江口のりこ主演のドラマ『ソロ活女子のススメ』をお勧めする。

『ソロ活女子のススメ』の物語の主人公・五月女恵(さおとめめぐみ)は、「ダイジェスト出版」の契約社員で、日々の仕事の後や休日に、積極的にひとりで贅沢な時間を楽しむ「ソロ活」に励んでいる。
彼女のソロ活は、参考になることが多く、たとえばひとり焼肉、ひとり水族館、ひとりキャンプなど、さまざまな“ソロ活”に挑戦している。

それぞれの回で、恵は一人の時間を通して「孤独と自由」「他人との距離」「自分の心の満たし方」についての学びが自分にとっても大いに参考になる。その姿はどこか穏やかで、前向きだ。

私はこのドラマを見て、一人でいる時間は“寂しさ”ではなく“自分の生き方をはっきりさせるもの”なんだと感じた。
ひとりを楽しむことができる人ほど、実は人との関わりもうまくいく。
なぜなら、誰かに自分を埋めてもらう必要がなくなるからだ。

結局のところ、ひっそり暮らしの最大の弱点は「寂しさ」だ。
だからこそ、一人で楽しむことは“生き方の技術”であり、穏やかに生きるための、欠かせないスキルだと思う。

一人の時間を楽しめるようになるとひっそり暮らしても寂しくならない

静かな環境を選ぶ

旅する女性
当たり前のことだけれど、都会のような人が多い場所ではなく、静かな環境で暮らさない限り、「ひっそり暮らし」は難しい。

人の声や車の音に囲まれていると、便利さはあるけれど、どこか心が休まらない。
反対に、人口密度が低い場所に行くほど、不思議なくらい心がすっと軽くなる。

私は生粋の田舎育ちなので、都会に出るとどうしても気が張ってしまう。
どこを見渡していも人か建物しかないと、気づかないうちに疲れてしまうのだ。
だから、旅に出るときもできるだけ自然のそばや、静かな街を選ぶようにしている。

引っ越しとなると少しハードルは高いが、遠くへ引っ越さなくてもできることはある。
たとえば、散歩する時間を人が少ない朝早くにしたり、普段の散歩道を静かな道に変えたり、過ごすカフェを落ち着いた場所にするだけでも、気分は驚くほど変わる。

もちろん、生活には便利さも必要だ。
買い物がしやすく、病院が徒歩圏内にあるのはありがたい。
けれど、心の安らぎを一番に考えるなら、多少不便でも「静けさのある場所」を選ぶ価値は十分にあると思う。

静かな環境を選ぶというのは、ただ音が少ない場所に住むという意味ではない。
「自分の心が落ち着く場所を見つける」ということだ。
都会の中にも、静けさを感じられる小さな場所はあるし(都会てやたら公園がでかくて多いですよね?)、田舎暮らしに惹かれるなら、思い切って移り住むのもいい。

暮らしの基準を「便利さ」から「心の安らぎ」に変えると、日常は少しずつやわらいでいく。
静かな場所を選ぶことは、結局のところ「自分を丁寧に扱う」ということなのだと思う。

モノを減らしてミニマルに暮らす

リビングでリラックスする女性
ひっそり暮らすには、まず自分の住んでいる場所が快適でなければ成り立たない。
つまり、自分の部屋をいかに過ごしやすくするかがポイントになる。

部屋を心地よくするために、最初に考えるべきは「モノを減らすこと」だ。
モノが多いと散らかりやすく、視界に情報があふれ、知らず知らずのうちに心がざわつく。
部屋が乱れていると、それだけでイライラしやすくなる。

逆に、必要最低限のものだけで暮らすと、部屋も心もスッキリして、自然と静けさが戻ってくる。
視界が整うと、思考も整う。
目に入るものが少ないだけで、無意識のストレスが減り、心が穏やかになっていく。

さらに、モノを「買う・維持する・捨てる」には、時間もお金もかかる。
それを減らすことで、無駄な出費が減り、お金に少し余裕が生まれる。
経済的な余裕は、働き方や住む場所の選択肢を広げてくれる。

支出が多いというのは、思った以上に自由を奪う。
出ていくお金をまかなうために働き続けなければならない状態は、静かに生きたい私にとって、大きな縛りになる。

だからこそ、モノを減らすことは単なる片づけではない。
モノを減らす ⇒ 支出が減る ⇒ 余計なことに縛られず、静かに好きなように暮らせる。
この流れこそが、ひっそり暮らしの“本当の豊かさ”をつくっていく。

自分のペースを大切にする

部屋でくつろぐ女性
世間一般の価値観に縛られず、自分のペースで動くこと。
これは、ひっそり暮らすうえで欠かせない大切な姿勢だと思う。

正月やGW、紅葉、クリスマスなどの季節行事は、誰もが“やらなければいけないもの”として刷り込まれている。
けれど、それは本来、誰かに強制されるものではない。
「みんながそうしているから」という理由で、自分まで動かされていることに気づかない人は多い。

正月やGW、紅葉、クリスマスなどのイベントは大抵が混む。人混みにわざわざ自分から向かっていくようなものだから、ひっそり暮らしたい人にとってはどう考えても避けるべきイベントだ。

GWは長期休暇で出かけたくなる気持ちに必ずなるだろうから、人混みを回避する方法をお伝えする。
Google mapで口コミが少ないところ、山奥にある寺院や寂れた宿場町、絶景ではないけれどそこそこインスタ映えする場所ならば混まない。
ひっそりとお出掛けを楽しみたいならば、そういった場所をいくつかピックアップしておいてGoogle mapに保存しておくことをお勧めする。

日本のクリスマスも同じだ。
イベントとして楽しむのもいいけれど、「クリスマスはただの平日」と考えても何の問題もない。
スーパーで格安のケーキを買って、一人で静かに過ごすだけで十分楽しめる。

初詣もそう。
人混みの中で慌ただしく参拝するより、三が日を過ぎてからゆっくりお参りすればいい。
私は地元の小さな神社に行くようにしている。
大きな神社よりもずっと静かで、手を合わせる時間に心が落ち着く。

こうして世間の価値観から少し距離をとり、自分のペースで動けるようになると、暮らしが驚くほど穏やかになる。
人と違うことに引け目を感じる必要はない。
自分が納得できて、心が満たされる選択をしていれば、それでいい。

結局のところ、ひっそり暮らすというのは「自分の心の声を信じる」こと。
誰かの基準ではなく、自分の感覚で生きることが、いちばん静かで、自由な生き方だと思う。

家の中で楽しむ遊びを模索する

家の中でひっそり暮らそうと思えば、家の中でも楽しめる“暇つぶし”が必要になる。

昔に比べて、今はエンターテインメントが驚くほど安く、身近になった。
たとえば、Prime Videoを使えば、ドラマもアニメも映画も月600円(税込)で観放題。
昔は映画を観ようと思えば、一本200円ほどでレンタルするか、1,800円払って映画館に行くしかなかったことを思えば、今は本当に恵まれている。

Apple Musicの音楽聴き放題も月1,080円。
CDを一枚ずつ買っていたころを思うと、音楽との距離もずいぶん軽やかになった。
本ならKindle Unlimitedが月980円で読み放題。
昔よりずっと気軽に“心の栄養”を得られる時代だと思う。
エンタメ系のコンテンツは昔に比べて格段に安くなり、上手に使いこなせば、家の中でも十分に世界が広がる。
静かに暮らしながら、自分のペースで楽しむには、こうした道具を活かすことが欠かせない。

もちろん、楽しみ方は人それぞれだ。
料理でも、写真でも、お絵かきでもいい。
私の場合は、このブログを書くことがその役割を担っている。

以前はブログでお金を稼ごうとして、Googleの顔色ばかりうかがっていた。
けれど、誰かの評価を気にせず、自分の言葉で書くようになってから、
文章を書くことが本当に楽しくなった。

結局のところ、家の中での“自分だけの楽しみ”を見つけられるかどうかが、ひっそり暮らすうえでの鍵になる。
自分が心から楽しめる時間を持つことこそ、静かに暮らす力なのだと思う。

穏やかに暮らすために、モノを大切にする

モノに対して無頓着でいるよりも、ひとつひとつのモノに愛着をもったほうが、暮らしのリズムはゆっくりと静かになっていく。
それは、一つ一つのモノに丁寧に、慈しみをもって接するからだと私は思う。

お気に入りのものを大切に使ううちに、「たくさん持たなくても満たされる」という感覚が生まれる。
たとえば、毎日使うマグカップや椅子に愛着があれば、それだけで十分だと思えるようになり、余計なものを欲しがらなくなる。

モノの数が減るほど、空間も心もすっきりして、自然と“ひっそりとした暮らし”に近づいていく。
整った部屋は、心を静める鏡のようなものだ。

モノを大切に扱う時間は、自分を整える時間でもある。
お気に入りの道具で丁寧にコーヒーを淹れると、不思議と心が落ち着く。
モノと向き合うその静かなひとときが、日々の中に小さな余白をつくり出してくれる。

さらに、愛着のあるモノが増えていくほど、自分の“好き”がはっきりしてくる。
他人のモノを羨むことがなくなり、心の軸が外の価値ではなく、自分の内側へ戻っていく。
そうして暮らしは、ますます静かで穏やかなものになる。

モノに愛着を持つというのは、単に持ち物を大切にするということではない。
それは、「足るを知る」という生き方に近い。
少ないモノで心豊かに暮らすこと――それこそが、ひっそりとした暮らしの本質だと思う。

「ひっそり暮らしたい」を実現するために

「ひっそり暮らしたい」という思いを実現するには、まず“静かに満たされる心”を育てることが大切だと思う。

静かに満たされる心と言われてもわかりにくいかもしれないが、一人でいても自分の心を満足できなければ、結局他者に自分の人生を委ねてしまう。

静かな暮らしの中で一人の時間に楽しみを見出せること。それさえできれば満足感の中でひっそりと暮らせるようになる。

モノを減らしたり、持ち物を丁寧に扱ったりすることも、そのための手段のひとつ。
外の世界に振り回されず、自分にとって本当に必要なものや、心地よい時間を見つめ直すことで、暮らしは少しずつ穏やかに整っていく。

毎日を急がず、丁寧に過ごす。
小さなことに感謝して、静けさを味わう。
その積み重ねが、誰にも邪魔されない“ひっそりとした暮らし”へとつながっていく。

ひっそり暮らすことに憧れを抱いている方は、ぜひ、なちさんの『ひっそり暮らし』を読んでみてほしい。
静けさの中にも、確かなぬくもりがあることを、きっと感じられるはずだ。
のんねこ
ミニマリスト
現在は理学療法士という医療従事者として働いていますが、かなりの底辺な人生を歩んできました。

22歳で大学中退⇒フリーターを10年以上経験⇒医学部再受験失敗⇒33歳で理学療法士養成大学に進学⇒37歳で理学療法士として初就職しましたが、人間関係のトラブルで40歳で無職に逆戻り。なんとか転職先を見つけて現在働いています。
こういった経験からお金を大切に使うためにミニマムに生きることにしました。

失敗ばかりで成功体験なんてほとんどありませんが、私と同じように社会の底辺の方でも、ミニマリストになることで人生を上手く生きていく方法をご紹介できたらと思います。
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